ILC通信 Vol.45 pdf

世界の超伝導加速器技術が集結
~KEKで「S1グローバル」始動~

 国際リニアコライダー(ILC)の心臓部である、超伝導加速空洞。その研究開発プログラムには、S0、S1、S2 といった「コードネーム」が付けられている。現在、このうちの「S1」が高エネルギー加速器研究機構(KEK)で進行中だ。国際協力によって行われるこのプログラムは、「S1 グローバル」と呼ばれている。


 ILC 計画は、その名が示すとおり国際的な研究プロジェクトだ。2004 年から、参加各国の研究者で構成される「国際共同設計チーム(GDE)」が中心となって、技術開発が進められている。GDEの最も重要な開発課題のひとつが、超伝導高周波(RF)技術。「S1」とは、この超伝導高周波技術のシステム実証試験の第一段階を指す。クライオモジュールと呼ばれる、空洞を超伝導状態にするために極低温まで冷却し、温度保持をする装置に、8 台の空洞を設置して同時運転する試験のことだ。この試験を国際協力で行うのが「S1 グローバル」である。KEKの超伝導試験施設に、米国とドイツからそれぞれ2 台、日本から4 台、各地域で高い性能が確認された合計8 台の空洞を持ち寄り、イタリアのクライオモジュール※にそのうち4 台を、KEKのクライオモジュールに4 台を設置して連結試験を行う。2 年ほど前から着々と計画が進められていた「S1 グローバル」。去る1 月初旬からいよいよ実作業が開始された。

※ 2009 年12月に、イタリア国立核物理学研究所(INFN)が製造したクライオモジュールがKEKに到着した。

 昨年12 月、各国から超伝導空洞やクライオモジュールが、続々とKEKの超伝導RF 試験施設(STF)に到着した。それに続いて、1月中旬には、ドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)と米フェルミ国立加速器研究所(フェルミ研)の技術スタッフで構成される空洞組立チームがKEKを訪れ、STFのクリーンルームで空洞組立て作業を成功裏に完了。ILC の実現に向けた重要なシステム試験である「S1グローバル」は、幸先の良いスタートをきった。

 今回行われた作業は、米国、ドイツから送られた空洞4 台を、ストリングと呼ぶ連結状態にする作業だ。空洞内部に少しでも汚れやゴミの混入などがあると、加速性能に大きく影響する。これらの汚染を防ぐためには、最初の連結作業をいかに素早く、確実に行うかがカギとなる。「作業はとても順調にすすみました。7、8 日かかることを予定していたのですが、5 日で終わらせることができました」と、チームリーダーである、フェルミ研のタグ・アルカン氏。この空洞組立チームは、2007 年にすでに共同作業を行った実績がある。フェルミ研が、米国初のクライオモジュールの組み立て作業を行った際、DESYの技術スタッフがフェルミ研を訪れ、技術指導を行ったのだ。「気心がよく知れていましたし、どうやって作業するかも分かっていました。その経験は非常に役に立ちましたね」と、アルカン氏は語る。今回の組立て作業を成功に導いたもう一つの重要な要素があった。それは「コミュニケーション」である。

 「事前に数多くのミーティングを行いました。KEKの作業環境は、ドイツや米国とは全く違うことが分かっていたからです」と、この組立て作業の調整を担当した、KEKの加古永治氏。昨年9 月、加古氏は、他のKEK メンバーと共にフェルミ研とDESY を訪問。組立チームがKEK に来る前に、準備すべきものを押さえるために集中的な議論を行ってきた。「彼らが日本で働くことを念頭に、例えば、どんなことが起きる可能性があるか、どんなものが不足するか、といったことを考え、慎重に準備を行いました。これが、今回の成功の大きな要因ですね」(加古氏)

 「しかし、この成功は単なるはじまりに過ぎません」と語るのは、大内徳人氏(KEK)だ。大内氏は、引続き、これら4 台の空洞の冷却試験装置への組込み作業を担当する。「クライオモジュールを冷却するまでは、本当の成功かどうかは分かりませんから」と、大内氏は気を引き締める。2 月には、イタリア国立核物理学研究所(INFN)から3 名と、フェルミ研からの1 名のエンジニアチームが、クライオモジュールの組立を行うためにKEK を訪問。さらに、KEKの作業チームが、2 月に4 台の日本製空洞連結のために、クリーンルームでの作業を開始した。システムテストは、2010 年中頃に始まる予定だ。


最近の話題中川文部科学副大臣がKEKを視察

ATF で説明を聞く中川文部科学副大臣(中央)

 1 月15 日、中川正春文部科学副大臣がKEK を来訪された。筑波実験棟のB ファクトリー実験施設、放射光科学研究施設、及び先端加速器試験施設(ATF)を視察し、国際研究協力の体制や高エネルギー加速器科学の波及効果等の重要性について感想を述べられた。鈴木厚人KEK 機構長の研究活動の状況、研究計画等の概要説明の後、副大臣は、機構長をはじめとする研究者と懇談。ビッグプロジェクトの予算配分やマネージメントの方法、今後の研究計画等について意見を交わした。


謎にせまるつくばの隠れた「名産品」?

陽電子生成部のカットモデル。写真右側から電子ビームが入り、中央あたりでタングステンでつくられた標的にぶつかり、電子と陽電子対が生まれる。できた陽電子は、加速空洞(写真左側)によって加速されつつ、集められる

 SF小説や映画の中で、理想的なロケット燃料や、超強力な爆弾の材料などとして登場することもある「反物質」。電荷は正負逆転していますが、それ以外の性質(質量、スピン)などは私たちの身の回りにある「物質」と変わらないもののことを呼びます。なぜロケット燃料や爆弾の材料として描かれるか、というと、この反物質、物質と出会うとガンマ線などの莫大なエネルギーとなって消滅してしまうからなのです。

 これまでの研究から、宇宙が生まれた時には、同じ数の物質と反物質が存在していたと考えられています。しかし、この宇宙には反物質で出来た天体は見当たりません。なぜ反物質か消えてしまったのか?これは、素粒子物理学が解決しようとしている大きな問題のひとつです。自然界には存在しない反物質ですが、加速器で加速した粒子を標的となる物質にあてると、人工的に作り出すことができます。そして、世界一たくさんの反物質を作り出しているところは日本の茨城県つくば市。KEKの線形の加速器で作り出される反物質の数は世界最高なのです。

 KEK にある「入射器」と呼ばれる加速装置には、写真のような陽電子生成装置があります。「陽電子」は、電子の反物質。電子ビームを入射してタングステンで作られた標的にぶつけると、電子と陽電子の対が生まれます。それを電場と磁場を使って陽電子を集めて実験に利用しています。実験にはできるだけたくさんの陽電子が必要です。そこで、効率よく陽電子をつくり出すために、タングステンの標的を結晶化したり、せっかく作られた陽電子を取りこぼさずにきれいな固まりにまとめるために磁石の配置を工夫したり、と様々な工夫が凝らされています。

 このような数々の工夫からKEK で生まれる陽電子は、1秒あたり1兆個。とはいっても、陽電子はとても軽いので、その総重量(質量)はたったの1千兆分の1グラムにしかなりません。ダン・ブラウン著のサスペンス小説「天使と悪魔」で爆弾として使われた反物質の重さは「0.25グラム」とされています。現在の技術では、反物質は爆弾にはなり得ませんのでご安心を。それでも反物質を作り出す性能としては、KEKの加速器は現在のところ世界一。反物質は、つくばの隠れた「名産品」なのです。


お知らせ

文部科学省「量子ビーム基盤技術開発プログラム」シンポジウム

 文部科学省において平成20 年度より「光・量子科学拠点形成に向けた基盤技術開発」プロジェクトが実施されています。当シンポジウムは、本プロジェクト参加機関が一堂に会し、研究概要及び研究成果を広く国民の皆様に公開することを目的としています。

文部科学省「量子ビーム基盤技術開発プログラム」
シンポジウム

日時:2010年2月25日(木) 10:00-18:00
会場:コンファレンススクエア エムプラス(東京都千代田区丸の内2-5-2三菱ビル10F)
入場:無料 ※ 参加申込は不要ですが、事前申込された方には優先的に席を確保いたします。
主催:文部科学省、KEK
共催: 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所、日本原子力研究開発機構
※詳細は以URLをご覧下さい。 http://kocbeam.kek.jp/qb_sympo.html
<お問い合わせ>
「量子ビーム基盤技術開発プログラム」シンポジウム事務局
quantumbeam@ml.post.kek.jp


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掲載日 媒体 内容
1/24 読売新聞 素粒子講演会「LHC 実験はじまる」
1/19 毎日新聞 未知の「暗黒物質」探索に注目 KEK 野尻教授
1/19 朝日新聞 原始宇宙の火の玉再現 世界最大の粒子加速器で実験へ
1/17 朝日新聞 暗黒物質の解明 数年内か 日米欧で検出プロジェクト
1/10 読売新聞 未知の粒子 巨大加速器が本格稼動
1/1 読売新聞 「暗黒物質はヒッグス粒子」宇宙観変える可能性

2010年1月の滞在者

KEK には、毎月世界各地から学生や研究者が訪れ、共同研究を行っています。ILC の技術開発のために訪れた滞在者はこちら