ILC通信 Vol.52 pdf

神の粒子はどこにある?

ヒッグス(H)とZ 粒子(Z0)が同時につくられる素粒子反応図。左がテバトロンで右がILC。

 物理学者が必死になって探している粒子の一つがヒッグス粒子。質量の起源を担うとされる粒子だ。ヒッグス粒子は、ほぼ100 年かけてつくりあげてきた素粒子物理学の理解が正しいかどうかの試金石となる。別名「神の粒子」とも呼ばれるヒッグス粒子の「隠れ家」を突き止めるべく、物理学者 たちは捜索範囲をじわじわと絞って来ている。去る7月にパリで行われた素 粒子物理学最大の国際会議「ICHEP」で、これまで想定されていた範囲を、 さらに25%狭めることができたとする実験結果が発表された。

 物理学者が使う捜索の道具が「加速器」だ。今回発表された新しい結果は、米フェルミ国立加速器研究所のテバトロン加速器の研究から導き出されたもの。二つの測定器「D0(ディーゼロ)」と「CDF」のデータを分析した結果だ。では、ヒッグスの居場所はどのようにして突き止めるのだろうか?そして「捜索範囲」はどうやって決まるのか?

 加速器は粒子を加速することによって「高エネルギー状態」をつくる装置だ。粒子にエネルギーを与えると、どんどん速度が上がっていく。しかし、速度には限界があり、この世にあるなにものも光の速さを越えることはできない。そのため、粒子を光速近くまで加速すると、速度が上がる代わりに粒子はエネルギーを溜め込み「高エネルギー状態」となるのだ。「加速器の種類や性能によってつくることのできるエネルギーの高さが変わってきます。その加速器の作ることのできるエネルギーの範囲を『エネルギー領域』と呼んでいて、これが『捜索範囲』にあたります」と、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の藤本順平氏は語る。

 加速器の技術進歩につれ、捜索できるエネルギー領域が拡大されて来た。最初につくられたサイクロトロン加速器がつくることのできたエネルギーは13 キロ電子ボルト※1 だった。その後、加速器は徐々にエネルギーを上げて、テバトロンの衝突エネルギーは、約2 テラ(2 兆)電子ボルト。そして現在稼働中の最大の加速器、大型ハドロンコライダー(LHC)は、なんと14テラ電子ボルトの衝突エネルギーに達する予定だ。

 「宇宙が誕生した直後、ビッグバンの頃の宇宙は超高温、超高エネルギーの状態でした。その頃は、今は自然の状態では存在しない素粒子だらけであったと考えられています」。その後、宇宙は膨張してだんだんと冷えて宇宙のエネルギー状態が変わり、それにつれ素粒子はその姿を変えて来て今の姿になった。「加速器は、そのマシンがつくるエネルギーと同じ状態だった時の宇宙に存在していた素粒子を創り出すことができるのです。逆に、そのエネルギーで創ることができなかった素粒子は、そのエネルギー領域には存在しない、ということです」(藤本氏)。

 こうして、ひとつの加速器がカバーできるエネルギー領域=捜索範囲をくまなく調査して、隠れた素粒子の居場所をつきとめる。技術進歩に従って、加速器のエネルギーはだんだんと高くなって来たので、捜索範囲は、低いエネルギー領域から高いエネルギー領域へと広げられて来た。「ここで重要な点は、ヒッグスの質量によってヒッグスが変化する粒子の種類も変わることです。そのため、軽いほうが必ずしも見つかりやすいというわけではなくなってきます」 と藤本氏は語る。ヒッグスは未発見。つまりその質量もわかっていない。CM にも登場しているアインシュタインの最も有名な方程式「E=MC2」※3 は、エネルギーが質量と光の速さの二乗に比例するということを表した数式。つまりエネルギー=質量と考えることができるというわけだ。つまり、素粒子が見つかったエネルギー領域がその素粒子の質量となり、単位は「電子ボルト」で表されている。「衝突でつくられたヒッグスはすぐに他の粒子に変化します。ヒッグスの質量が140 ギガ電子ボルトぐらいまでなら、bクォークと反bクォークに変化しやすく、もっと重ければ、W+粒子とW- 粒子に変化したり、2つのZ 粒子に変化しやすいのです。陽子や反陽子のかけらの中からは、WやZを見つけるほうがbクォークより見つけやすいので、必ずしも軽いほうが見つけやすいわけではない、というわけです」。テバトロンで見つけやすいのが158 から175 ギガ電子ボルトの間の質量(エネルギー)の粒子。稼働を開始した1985 年から23 年間蓄積されたデータの分析で、このエネルギー領域からはヒッグス粒子の反応が確認できなかったため、この範囲には95%の確率でヒッグスは存在しない、と発表されたのである。

 残る捜索範囲は114 ~158 ギガ電子ボルトまでと、175 ~185 ギガ電子ボルトだ。114 ~158 ギガ電子ボルトの範囲は、粒子が創られやすいが見つけにくく、ヒッグスが質量175 ~185 ギガ電子ボルトの重たい粒子だとすると、非常に創られにくい。まだ運用が続くテバトロンは、ますますその捜索範囲をせばめていくだろうし、動き始めたLHC は、衝突エネルギーがより高いため、テバトロンによる捜索に迫る勢いを見せている。

 それでは、ILC の役目は?ILC は素粒子である電子と陽電子を衝突させヒッグスとZ 粒子を創る。テバトロンと異なるのは、ヒッグスが何に変化しようと、その粒子をとらえることがとても容易なことだ。電子と陽電子は完全に消滅してしまい、観測するのは、ヒッグスやZ が変化した粒子だけだからだ。ILC はヒッグスを見間違えることがないため、ヒッグスの数々の性質を高精度の統計で決定できるのだ。ヒッグスは本当にクォークや電子などの質量の源なのか?ヒッグスとヒッグスが反応する強さはどれらいなのか?ILC は、ヒッグスの細かい性質まで明らかにすることが期待されているのだ。

※ 1 1 ボルトの電圧で加速された時に電子が得るエネルギーの大きさが1 電子ボルト。 ※ 2 以下の資料を参考に作成した。 http://www.fnal.gov/pub/presspass/press_releases/Higgs-mass-constraints-20100726-images.html ※ 3 素粒子が止まって出来るエネルギーと質量の関係を表す式。


最近の話題
サマーチャレンジ開催される

8 月21 日~ 29 日「第4回サマーチャレンジ」が実施され、全国から この夏を物理に捧げたいという熱意ある90名の大学生がKEKに集まっ た。今年で4回目を迎えるサマーチャレンジは主に大学3 年生を対象 としたプログラムで、参加する学生たちは寝食を共にしながら、テーマ 別の演習や関連した講義の受講、KEK の施設見学を行う。今年からは、 「物質・生命コース」も新設され、学生たちは、素粒子・原子核・物質・ 生命に関連した合計19 個の演習テーマから1 つを選択し、6 ~ 9 日間 集中して物理の勉強に励んだ。演習テーマの一つ「超伝導加速空洞」で は、電磁気学による空洞設計法の学習や空洞パラメータの常温での測定、 超伝導空洞の絶対温度2 度( 2K:-271℃) での性能評価などを行った。 講師を担当した齋藤健治氏( KEK) は「 教科書を読んでではなく、実 際に実験を行って物理を具体的に理解してほしい。これで実験が面白い と感じてくれたら嬉しい」と話す。このテーマに取り組んだ学生の一人、 東京理科大学3 年生の鈴木麻未さんは「とても難しいけれど、大学で は加速器に関わる実験はできないので嬉しい」と楽しそうに語り、物理 に真剣に取り組んでいる様子だった。このプログラムの参加者から将来 ILC を支える研究者が生まれるかもしれない。

※本記事は「KEKの先端加速器コミュニケーター・インターンシップ」の受講生によるものです。


お知らせ
先端加速器科学技術推進シンポジウム2010in 京都

先端加速器科学技術推進シンポジウム2010 in 京都
『宇宙の謎に挑む 日本の貢献』
「はやぶさ」から「国際リニアコライダー」へ
主 催:先端加速器科学技術推進協議会
共 催:京都大学 化学研究所
後 援:宇宙航空研究開発機構、高エネルギー加速器研究機構
日 時:2010 年10 月30 日( 土)13:30 ~17:00( 開場13:00)
場 所:京都リサーチパーク (KRP)バズホール(西地区4 号館)
    京都市下京区中堂寺粟田町93 番地
参加費:無料/ 定員300 名(事前参加申込が必要です)

プログラム
 1. 開会
 2. 主催者挨拶
 3. 講演
 『宇宙の謎を解き明かす最先端科学』
  東京大学 素粒子物理国際研究センター 准教授 山下了
 『ビッグバンを再現する究極の加速器 ILC 計画』
  高エネルギー加速器研究機構 機構長 鈴木厚人
 『世界初 小惑星探査機「はやぶさ」60 億km 宇宙往還の旅』
  宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 教授 川口淳一郎
 4. パネルディスカッション:『日本の英知が宇宙の謎を解く』
  パネラー  :講演者及び京都大学 教授 野田章
  モデレーター:多摩六都科学館 館長 高柳雄一
 5. 総括質疑
 6. 閉会

詳細はこちらののURL をご覧下さい。 http://aaa-sentan.org/
〈お申込・お問合わせ〉先端加速器科学技術推進協議会
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1 
高エネルギー加速器研究機構内
TEL/FAX: 029-879-6241

2010年8月の滞在者

KEK には、毎月世界各地から学生や研究者が訪れ、共同研究を行っています。ILC の技術開発のために訪れた滞在者はこちら