ILC通信 Vol.55 pdf

陽電子のつくり方

 冒頭から恐縮なのだが、日本語には「ウジが湧く」という表現がある。この時の「湧く」というのは、湧いて出てくる、自然発生するというイメージだ。とは言うものの、ウジは自然に湧いては来ない。ハエがこっそりと卵を産みつけているから、あたかも自然発生するように幼虫がかえるわけで、何かが湧いてくる場合は、何らかの「たね」が存在するのだ。しかし、小さな小さな世界では、本当に無から湧いてくるものがある。「素粒子」だ。

 素粒子の世界では「無から有が生まれる」=「真空から素粒子が生まれる」という現象が起きている。真空と言うと、ポンプを使って空気を全部抜いた何もない空間を思い浮かべるが、真空には何も存在しないわけではない。そこには素粒子を生み出す性質を持った時空が存在しているのだ。その真空にエネルギーを与えると、粒子とその反粒子がペアで産み出される。このペアは出会うと消滅してまたエネルギーになる。

 国際リニアコライダー(ILC)は、電子・陽電子衝突型加速器。電子も陽電子も、この宇宙の最も小さな構成要素「素粒子」だ。ILCでは、ほぼ光の速度まで加速した電子のビームと陽電子のビームを衝突させる。陽電 子は電子の反粒子だから、これらが衝突すると大きなエネルギーを産み出す。その大きなエネルギーからは、これまで作られたことの無い粒子が産み出されることが期待されているというわけだ。

 電子ビームをつくるのは比較的簡単である。地球にある物質の中には必ず電子が含まれているので、何らかの物質の中から電子をたたき出して集めれば良い。一方の陽電子は、地球上ではナチュラルなかたちで存在しな いため、作り出さなければならず、それには工夫が必要だ。そこで利用するのが、陽電子が電子とともに「湧いてくる」性質なのである。

 「陽電子を作るには『 電子・陽電子対生成』という現象を利用します。光は、物質に衝突した時に、原子核の作る強い電場の影響を受け、電子と陽電子のペアを作って自分は消えてしまいます。ただし、これは光のエネルギーが高い時だけ起きる現象です」と、高エネルギー加速器研究機構(KEK)で陽電子生成の研究にあたっている大森恒彦氏。「通常陽電子ビームをつくるためには、高エネルギーの電子ビームをタングステンなどの重い金属標的に照射し、物質中で成長する電磁シャワーを利用します」(大森氏)。

 電子はマイナスの電気を持っている。これらマイナスの電気を持っている電子のビームを、標的となる金属物質にぶつけると、プラスの電気を持っている金属中の原子核に引っ張られて加速され、このときエネルギーの高い光が出る。標的となった厚い物質中で、電子から光子へ、そして電子・陽電子のペアへとの過程が繰り返される。これが「電磁シャワー」。光が物質中を進むことで、電子・陽電子のペアが湧いてくるのである。

 このようにして標的を通った後に生まれた大量の陽電子を集め、加速器で加速する。「これらの陽電子は、こぼれないように大急ぎで集める必要があります」と大森氏は言う。作り出した陽電子は、向いている方向も、持っているエネルギーもばらばらだ。エネルギーの低い陽電子はスピードが遅いので、置き去りにされてしまうし、変な方向を向いた陽電子は飛んで行ってしまう。そこで、陽電子がこぼれないように、磁場をかけて広がりを抑え、電場で加速してスピードを揃えて、出来る限り粒ぞろいの陽電子群にするのである。

 陽電子の生成は、ILC 実現に向けた最重要課題のひとつ。「大切なことは、陽電子を効率的につくって集めることです。様々な研究開発が世界中で進められています」と大森氏。研究者のチャレンジが続けられている。


最近の話題
先端加速器シンポジウム名古屋で開催

 11 月27日愛知県名古屋市の栄ガスビル・ガスホールにて、先端加速器科学技術推進協議会(AAA)主催の第3回先端加速器科学技術推進シンポジウム in 名古屋「先端加速器で解き明かす宇宙の謎『B ファクトリー』 から『リニアコライダー』へ」が開催され、鈴木厚人KEK機構長が講師として参加した。

 開会に先立ち、松岡雅則AAA事務局長から協議会の紹介があり、引続き、名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構(Kobayashi-MaskawaInstitute: KMI)の棚橋誠治基礎理論研究センター長が開会挨拶をされ、今年発足したばかりのKMI の活動について概説した。KMI は、素粒子理論・実験分野、宇宙理論・観測分野、数理物理学分野、宇宙線研究分野の関連研究者を結集し、さらには素粒子理論に計算物理学の手法も取り入れ、現在の標準理論をも越える現代物理学の新たな地平を開拓することを目的とした研究所。

 講演の部では、KMI の飯嶋 徹現象解析研究センター長が「B ファクトリーからスーパーB ファクトリーへ」と題する講演を行った。引続き、鈴木機構長が「ビッグバンを再現する究極の加速器国際リニアコライダー計画」と題する講演を行った。講演の中で鈴木機構長は、宇宙の誕生の謎やその解明に向けた加速器をつかった研究と、KEKの将来計画について、ユーモアを交えて解説。会場は何度も笑いに包まれた。

 最後の講演は、KMIの機構長で2008 年ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英氏による「現代科学と社会」。加速器等の実験結果や実験装置の開発過程で生まれる様々な技術が、社会に浸透していると語った。

最後に、高柳雄一 多摩六都科学館館長をモデレータとして、3名の講演者と開会挨拶を行った棚橋氏によるパネルディスカッションを実施した。会場からは、数多くの講演者に対する質問が集まった。「現代科学は大規模化しているが、クリエイティブな仕事は個人の資質に関わってくるのでは?」との質問に益川氏は「巨大科学というものは、非常に多くの研究成果の寄り集まり。ひとつひとつの成果よりも、それらが有機的に組み合わさって初めて意味があるもの」と述べ、大規模科学への期待を語った。


大学の研究室より
自らの学びと議論が生み出す達成感   東京大学 駒宮研究室

 ILC の衝突点設計の研究を目指したKEKのATF2。極小電子ビームの実現とその安定な制御技術の開発が目標とされている。ATF2で近い将来達成される35 ナノメートル※1 という極小の電子ビームサイズの実現に は、ビームサイズの正確な測定が不可欠である。ここで使われるのが「新竹ビームサイズモニター※(2 新竹モニター)」。これはレーザー光の干渉を使って電子ビームの大きさを測定する装置である。

※1:1ナノメートル=100 万分の1ミリメートル ※ 2:新竹積氏が考案した。

KEK のATF2 に設置してある新竹モニターと東京大学駒宮研究室のメンバー

 東京大学の駒宮研究室では、KEKと協力し、2005年より新竹モニターの研究開発に取り組んでいる。ATF2では、主に大学院生が中心となり実験を行っているが、駒宮幸男教授が足を運ぶことは多くない。「私が行くと邪魔になります。実験には失敗がつきもの。何が原因で失敗したかを学生自ら学び、経験を積んで欲しい」と多忙な駒宮教授は言い訳をした。

 「各々の学生が自立して研究を進めることができるような雰囲気作りがされています」と語るのは、神谷好郎氏(助教)。研究室では、ILC 関係の技術開発である新竹モニターの研究のほか、超冷中性子を用いた中性子の 地球重力中での量子状態測定と新たな近距離力の探索、中国のBES Ⅲ実験、大型ハドロンコライダー(LHC)でのATLAS 実験など、国際協力で行われる様々な研究に携わっている。

 週1回のミーティングでは、研究室がプロジェクトごとにバラバラにならないように、他のメンバーの研究や問題点を把握するための情報共有がはかられる。また、最新の実験論文を学生が選んで紹介し、議論を行う。 いい加減な紹介だと、次週に再度挑戦。各々の研究テーマが違っても、互いに気づいた点を指摘し合い、議論は活発だ。こうした話し合いを通じて解決策を見いだし、全員で達成感を分かち合う。学生たちが研究していてよかったと思うのは、「議論が盛り上がり、チームで問題を解決できた瞬間」だと口を揃える。

 駒宮教授は「正しい情報を迅速にチームで共有できるよう努めています。また、共通の方針を適宜確認しながら進めていくことが、国際共同研究を主導するうえでも重要だと考えています」と語る。「将来は分野を担う、国際的に活躍できる研究者になって欲しい」

2010年11月の滞在者

KEK には、毎月世界各地から学生や研究者が訪れ、共同研究を行っています。ILC の技術開発のために訪れた滞在者はこちら