ILC通信 Vol.56 pdf

それは何の役に立つのですか?

名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長 益川敏英氏(左)とKEK 機構長 鈴木厚人氏 (名古屋で開催されたAAA シンポジウムにて)

 科学技術が話題になる時、必ずと言って良いほど登場する質問がある―「それは何に役立つのですか?」そしてこの質問は、素粒子物理学など基礎科学研究に携わるものにとっては最も苦手な質問のひとつである。昨年11 月に名古屋で開催された先端加速器科学技術推進協議会(AAA)のシンポジウムの講演で、鈴木厚人高エネルギー加速器研究機構(KEK)機構長は「小柴昌俊先生は、よくご自分のニュートリノの研究について『何の役にも立ちません』とおっしゃいます。ノーベル賞受賞者であれば、そんなことも言えるのでしょうが、我々はそういう訳にはいかない。なので、最近は色々なところで役に立つ加速器の話をするようにしています」と語った。

 加速器はどのように役立っているのだろうか?「加速器からつくり出される放射光や中性子を用いると、装置の内部の透視や薬剤の働く仕組みなどが解ります」と鈴木氏。非破壊検査や創薬、レアメタルなど新材料の研究などで、加速器は既に幅広く使われている。鈴木氏はまた、加速器が粒子線によるがん治療やPET などの検査装置として医療分野で利用されていることも例として挙げた。「さらに、将来の技術として宇宙での利用や生命科学への利用も期待されています」

 素粒子物理の研究は実際に、社会の常識や生活スタイルなどをドラスティックに変えて来た。最も顕著な例は電子の発見である。発見当初はその正体すらわからなかった電子だが、研究が進んでその性質や働く仕組みなどが明らかにされることによって、電力という生活インフラとして、そしてコンピューターや電化製品をはじめ、生活を支える製品や装置へと広く応用されている。基礎科学の研究で、ものの根源的な「仕組み」がわかって初めて、何かに応用することができるようになるのである。

 とはいえ、これまでは素粒子物理などの基礎科学の研究者にとっては、それらの成果は主目的ではなく、あくまで波及効果であるという認識だった。そのため、その波及効果についてきちんと説明されることがあまりなかったのである。しかし、言わなければ伝わらない、というのはコミュニケーションの基本。そこで「何に役立つのですか?」の質問に至る、というわけだ。

 もうひとつ、基礎科学の成果を伝えるのを困難にしているのが、そのスパンの長さにある。前述のAAA のシンポジウムで同じく講師を務めた、2008 年ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英氏は「基礎科学のイノベーションは、だいたい100 年スパンと言われています」と言う。電子の発見が1897 年。白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれていたのが、1950 年代後半だと考えると、だいたい計算が合う。しかし、益川氏は昨今そのスパンが短くなって来ていると指摘する。「最近は、イノベーションがバイパスされいて、2、3 年で利用という例も増えてきています。それは実験が大規模になるとともに、実験装置のための部品や装置が複雑になっているから。それらを開発する過程で生まれた技術が、実験成果を待たずに、製品や装置として社会に波及しているのです」(益川氏)。

 例えば、インターネットの爆発的な普及を導いた「ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)」も、世界中に散らばる素粒子物理の研究者間のコミュニケーションのために、欧州合同原子核研究機関(CERN)の研究者、ティム・バーナード・リー氏が開発した技術だ。これも「イノベーションのバイパス」の一例である。ILC の研究開発でも、同様の効果が期待されている。例えば、ILC の基幹技術である超伝導加速技術は、次世代のX 線画像診断装置に役立てることが可能だ。病気の診断ツールや、貨物コンテナの検査ツールなどとして、人々の健康からテロ・犯罪対策まで、幅広い活躍が期待されている。

 社会への波及のスパンが短くなっているとはいえ、どのような形で波及するのか、それがいつ頃になるのか、そもそも波及するのかどうかについて、不確定であることは変わらない。このご時世「不確実なものに投資はできない」という意見が出るもの当然だろう。しかし、忘れてはいけないのは、イノベーションは「かけ算」だということだ。鈴木氏は「ゼロには10 をかけようが、1 億をかけようがゼロのままです。基礎研究は、ゼロから1 を作り出す研究。この1 からイノベーションが生まれるのです」と言う。

 これまでの基礎研究で、イノベーションの種になる「1」が貯金されている。小柴氏が「何の役にも立たない」と呼ぶニュートリノも、そんな貯金のひとつ。何でも透過するこの素粒子は、物質と相互作用することが極めて稀で、観測するのも困難な粒子だ。しかし、その性質やはたらきの研究が進み、原子炉の中のモニター装置や地球内部の資源探査など、その透過性の高さを利用する研究や実験装置の試作が進められている。基礎科学の発見が将来的にどのように利用されて行くのか、あるいは役に立たないものなのか、発見時点で断言することはできない。つまり、基礎科学の貯金は「まだ役立てられていない」「役立て方がわかっていない」科学的成果なのだ。そしてそれらの成果は「何かに役立てよう」と思って産み出されたものでもないのである。

 人間の知には、その時点での限界がある。「それは何の役に立つのですか?」その問いにきちんと答えられるのは、未来の科学者だけなのかもしれない。しかし、過去の基礎科学の成果がどのように今の暮らしに役立てられているのか、それをしっかりと伝えて行くことが重要だろう。


最近の話題
日本製9 セル超伝導空洞、初めてILC 要求仕様を満たす記録を達成

 昨年11 月25 日、KEKの超伝導RF試験施設(STF)で行われた、ILC 用の超伝導加速空洞の縦置き測定試験で、ILC で要求されている仕様を満たす記録を国内で初めて達成した。今回試験を行った加速空洞は実機で使うものと全く同じ仕様のもの。
 昨年10月半ばから縦置き測定試験のための準備を開始し、11月25日に1回目の縦置き測定試験を行った。その結果、この空洞は、ILCの要求である35MV/m(1 メートルあたり35メガボルト)を超える36.2MV/m の加速電界を発生したことが確認された。これは、ILC 実現の最重要課題のひとつである、高性能な空洞の量産に向けて弾みがついたことを示す。


最近の話題
「情報ひろば」にレゴ登場!

 KEK では、文部科学省情報ひろばで企画展示「宇宙・物質・生命の謎を解く」を実施中。今回の展示では特に「宇宙の謎」に焦点を当てて、子どもたちに素粒子物理学や加速器科学への興味をもってもらうための展示を行っている。
 1 月下旬からは、東京大学レゴ部の協力のもと製作された、レゴブロック製のBelle 測定器の展示もはじまる予定。Belle 測定器は、ノーベル賞を受賞した小林・益川理論を実証した装置のひとつである。
本企画展示は、3 月25 日まで。

文部科学省情報ひろば
〒100-8959 東京都千代田区霞が関3-2-2 銀座線「虎ノ門駅」11 番出口直結、千代田線「霞ヶ関駅」A13 番出口徒歩5分
※入館料:無料 開館時間:10 時~ 18 時 休館日:土、日、祝日
詳細は下記を参照ください。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/12/1299782.html


お知らせ
講演会 宇宙の謎に挑む 日本の貢献
「はやぶさ」から「国際リニアコライダー」まで

 主催:先端加速器科学技術推進協議会、東北加速器基礎科学研究会
 後援:宇宙航空研究開発機構、KEK、岩手県、奥州市
 日時:2011 年2 月27 日(日)12:30 ~ 16:00(開場:12:00)
 場所:奥州市文化会館Z ホール 大ホール(岩手県奥州市水沢区佐倉河字石橋41)
 

アクセス
  ・東北新幹線水沢江刺駅より〜車で10分
  ・東北本線水沢駅より〜車で10分
  ・東北自動車道水沢I.C. より〜車で10分
  ・水沢区コミュニティバス(Z バス)羽田・黒石線〜
   (胆江営業所0197-35-2185)
  http://www.oshu-bunka.or.jp/zhall/access/access.html#02

参加費:無料/ 定員900 名(事前参加申込が必要です)
プログラム
 講演
  『世界初 小惑星探査機「はやぶさ」60 億km 宇宙往還の旅(仮題)』
   宇宙航空研究開発機構 教授 川口淳一郎
  『ビッグバンを再現する究極の加速器 ILC 計画(仮題)』
   東北大学大学院理学研究科 教授 山本均 

①氏名・フリガナ、②所属名[学校名]、③肩書き[学年]、④住所、⑤電話番号を記載のうえ、FAX、電子メールのいずれかの方法で下記までお申し込みください。

〈お申込・お問合せ〉社団法人 東北経済連合会内 東北加速器基礎科学研究会
〒980-0021 仙台市青葉区中央2-9-10(セントレ東北11 階)
TEL:022-224-1033 / FAX:022-262-7062 / E-mail :t-arihara@tokeiren.or.jp



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2010年12月の滞在者

KEK には、毎月世界各地から学生や研究者が訪れ、共同研究を行っています。ILC の技術開発のために訪れた滞在者はこちら