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ヒッグス粒子:何がそんなにすごいのか

カソクキッズ第17 話より http://kids.kek.jp/comic/17/05.html

 7 月4 日、欧州合同原子核研究機関(CERN: スイス)から発 信されたニュースが新聞各紙の一面を飾り、テレビ番組でもこ ぞって取りあげられた。そのニュースとは「ヒッグス粒子らしき 新粒子の発見」だ。その新粒子は、本当にヒッグス粒子かどうか まだわかっていない。けれど、世の中はヒッグス発見のニュース に沸き立っている。このヒッグス粒子、何がそんなにすごいのだ ろう??

 ヒッグス粒子は別名「神の粒子」とも呼ばれている。ところが このニックネーム、実は素粒子物理学者にはあまり評判が良くな い。「神の粒子」と呼ばれるようになったのは、1993 年にノーベ ル物理学賞を受賞した素粒子物理学者レオン・M・レーダーマ ンとサイエンスライターのディック・テレシの共著「神の粒子: もし宇宙が答えなら、何が質問か?(The God Particle: If the Universe Is the Answer, What Is the Question?)」という 本。「この宇宙を理解するために不可欠な粒子。なのにとても捉 えにくい」から神の粒子ということらしいのだが、実は「本当は” クソ忌々しい(Goddam)粒子”のほうがしっくりくるのだけ れど、編集者がこの言葉を使わせてくれなかった」という裏事情 があるらしい。

 さて、このヒッグス粒子の「すごさ」だが、一般に出回ってい る理由としては、ヒッグスが「質量の起源になっている」ことや 「半世紀にわたって探し求められていた」あるいは「標準理論の 最後の素粒子発見」などが挙げられている。しかし、どの理由も 今ひとつ何がすごいのだかピンと来ない。ここでは「標準理論の 最後の素粒子発見」のすごさについてちょっと掘り下げてみよう。  最後の粒子がみつかったら、素粒子の研究は終わりってこと? と思うかもしれないが、実はそうではない。「ヒッグス粒子が見 つかった」ということは「そこに質量を産み出す仕掛けがあるこ とが証明された」ということになるらしい。どういうことか?

 ヒッグス粒子は「標準理論」の唯一未発見の粒子だ。物理学の 理論とは、宇宙で起きている物理現象を数式で表したもの。標準 理論は、多くの現象をうまく説明できる理論で、「ヒッグス機構」 と呼ばれる「粒子に質量を与える仕掛け」を入れると計算が合い、 成立する。ヒッグス機構は、ヒッグス粒子を産み出す可能性を持 つ「場」が私たちの周りに満ち満ちており、プールに入ると水の 抵抗で動きにくくなるように、ヒッグス場の中の物質は動きにく くなる=質量を持つ、という考え方だ。ところが、このヒッグス 場は、今私たちの周りも取り囲んでいるにも関わらず、まったく 関知されることは無い。例えば、日頃私たちは空気を気にして生 活はしていない。風が吹いてきた時に初めて身の回りに空気があ ることを意識するように、ヒッグスも当たり前すぎて誰も気付か ない存在なのだ。ヒッグス粒子が発見されることで、初めてそこ に存在することがわかる。

 ここでちょっとややこしいのが「粒子」と「場」の違いだ。「場」 は粒子を産み出す可能性を持つところだ。場に大きなエネルギー を注入すると「粒子」がはじき出される。出てきた粒子が、そこ に「場」があるという証拠になるのである。CERN が大型ハド ロンコライダー(LHC)を使って、場に膨大なエネルギーを与 える実験が続けてきたのは、この証拠をつかむためだ。今、この 証拠がほぼつかめた状態にあると言って良い。  これまでの研究で、素粒子には「電荷」「スピン」「質量」といっ た固有の性質があることがわかってきた。例えば、電子なら「電 荷マイナス1」「スピン1/2」「質量9.109 382 91 (40) × 10-31 キログラム」といった具合だ。ところが、なぜ、それぞれの素粒 子がこの固有の性質を持つのか、その理由は全く解っていなかっ た。

 ヒッグス粒子発見のすごさとは, その固有の性質と思われてい た質量が、何らかの「仕掛け」によって産み出されていることが 証明されようとしている、ということなのだ。そうなってくると、 電荷やスピンといった他の固有の性質にも、それを産み出す未知 の「仕掛け」が存在する可能性が高くなってくる。これまでの研 究では、この世を構成する最も小さな素粒子がどんな性質を持っ ているのか、素粒子同士がどんな係わり合い方をして物理現象が 起きているのか、が解明されて来た。ヒッグス粒子発見以降のこ れからは、その先の「なぜ」それが起きるのかといった仕掛けの 解明へと、一段階進むことになるのだ。

 ヒッグス粒子の発見による標準理論の完成は、いわばゲームの 第一面クリア。その先に今まで見たこともなかったような世界が あらわれるかもしれない―その全く新しい可能性に世界の物理 学者たちは興奮しているのである。


ILC NewsLine ダイジェスト

ILC 研究者グループが毎週発行しているニュースレター「ILCNewsLine」に掲載された記事から、ILC 通信編集部セレクトのおすすめ記事を要約版でお届けします。元記事は、ウェブサイトでご覧頂 けます。(英語:http://newsline.linearcollider.org/ 日本語訳: http://ilchighlights.typepad.com/japan/

7月26日号より 新しい世界へのドアの前で
山田 作衛 ILCリサーチ・ディレクター

 LHC でヒッグス粒子らしい新粒子を発見したという大きなニュース が届いて以来、私たちは様々な機会に、大きな熱意をもって話題にして きた。素粒子物理学研究者は誰も、家族や友人、近所の人から、この発 見にどんな意味があるのかと質問されたに違いない。多くのテレビ番組 や新聞・雑誌等の記事から分かるように、ヒッグス粒子は大きな関心を 呼び起こした。素粒子物理研究者が何を捜し求めているか、そして、ど のようにそれを行うか、一般の人にわかってもらえるのは素晴らしいこ とだ。こうした盛り上がりは、税金の形でこの成功を支えてくれた多く の人々と共有されるべきである。

 ヒッグス粒子らしき粒子の発見は、私たちILC 物理・測定器研究者 グループに、短期と長期両方で、次の活動の計画を立てるしっかりし た根拠を与えてくれた。差し迫っては、詳細ベースライン設計(DBD) 報告書をスケジュール通りに完成させなければならない。これは直接 的であり、かつ重要だ。DBD は、2007 年以降の測定器趣意書(LOI) 期間の開発研究をまとめるものである。ILC を提案する際、加速器の 技術設計報告書とあわせて重要な文書になる。新たなヒッグス(らしき) 粒子の特性の究明が進むのと同時期に、私たちのDBD が完成されてい ることが肝要である。高エネルギー物理学研究者コミュニティーが、新 粒子の発見に基づいて長期のプログラムを考慮する際に、私たちの報 告書は良い参考資料となるだろう。今回のILC 運営委員会の会議でも、 ジョナサン・バガー委員長は、DBD をスケジュール通りに完成させな ければならないと非常にはっきりと述べた。

 私たちは、この目標を視野に作業を進めている。すでに今年の始め、 測定器とシミュレーション編をどのように完成させるかについて、いく つかの中間目標の期日を、測定器グループと合意した。最初のマイル ストーンは、4 月に国際測定器諮問委員会(IDAG)によって内容の概 要がモニターされたことである。設計グループは、9 月21 日までに草 稿を完成させるべく、目下精力的に働いている。10 月に米アーリント ンで開かれるリニアコライダーワークショップ2012(LCWS12)の会 期中には、草稿全体がIDAG により検討される。一方、ILC の物理学 上の意義についてまとめたDBD の物理学編は、9 月の欧州将来計画の 議論の中で参照されるように、まもなく完成する予定である。ただし、 LHC 実験の進展によって、物理学編は年末までに更新されるかもしれ ない。



7 月 5 日号 
ヒッグスは違う、特別だ!
ジョナサン・バガーILC 運営委員会委員長

 新たに発見された粒子が、ヒッグス粒子だと判明すれば、物理にとっ て画期的な業績となる。ヒッグスは、まったく新しい形の物質なのだ。 現在までに発見された、その他の全ての基本粒子は、物質の構造の全て を担う、または自然界に存在する力をもたらす量子力学的性質である「ス ピン」を持っている。しかし、ヒッグスは スピンを持っていないのだ。 ヒッグスは、スピンがないことによって、凝縮し真空を満たすことがで きる。これが質量の源だ。しかし、ヒッグスの役割はそれに留まらない。 例えば、凝縮したヒッグスが真空を満たしているということは、空間は 空っぽではないことだ。超伝導体の中では、この凝縮したヒッグスに類 似した凝縮体ができると言われている。宇宙そのものがある種の新しい 超伝導体であることを意味するのか?

 また、超対称性や大統一理論といった標準理論を越える新しい物理理 論には、標準理論のヒッグスに似た数多くの粒子がその存在を予言され ている。これらのヒッグス類似粒子は、宇宙論的インフレーション、ダー クエネルギーの時間の変化、行方不明のダークマター、あるいはニュー トリノの不可解な特性までに関与しているかもしれない。  昨日の発見はヒッグスの発見なのか、それとも何か他のものか?すで に、LHC 実験で、新しい粒子がこれまでの粒子とは違うことが判明し ている。しかし、その粒子がヒッグスかどうか確かめるのは難しい。リ ニアコライダーはヒッグス粒子を研究する完璧な環境を提供し、24 時 間休みなくヒッグス粒子を生成する。ヒッグスが本当にヒッグスなのか、 本物のヒッグスの性質の一部を持つだけでその全てを持っているわけで はない偽物なのかを見分けることができる。その粒子が一群のヒッグス ファミリーの最初のひとつなのか?ダークマターの世界への扉を提供す るのか?確実に知るにはより多くの実験が必要なのだ。


素粒子物理ワールドニュース

KEK と共同でILC の研究開発にあたっている世界の研究所から発信された、素粒子物理学関連の話題をピックアップします。

7 月4 日
CERN プレスリリースより
CERN の実験が長らく探されて来たヒッグスボソンと矛盾しない粒子を観測

 メルボルンで開催された今年最大の素粒子物理学会ICHEP2012 の 開幕イベントとして、ATLAS 実験とCMS 実験は、CERN で催され たセミナーで、長年にわたるヒッグス粒子探索の最新の暫定的結果を発 表した。二つの実験は両方とも、質量領域125 ~ 126 ギガ電子ボルト (GeV)に新粒子を観測している。

 「我々はデータ中に5 シグマレベルの有意度で約126GeV の質量領域 に明らかな新粒子の兆候を観測している。LHC とATLAS の極めて 優れた運転ぶりと多くの人々の甚大な努力がこの心躍る段階にまでこぎ つけた。ただし、これらの結果を論文出版にむけて準備するには今少し の時間が必要だ」とATLAS のスポークスパーソンのファビオラ・ジャ ノッティ氏は語った。

 「この結果は暫定的だが、我々が観測している125GeV あたりの有意 度5 シグマのシグナルは劇的だ。これは確かに新しい粒子だ。それは ボソンであるに違いないことがわかっており、これまでに見つかった中 で最も重いボソンだ」とCMS のスポークスパーソンのジョー・イン カンデラ氏は述べた。「その示唆するところは非常に重要であり、まさ にそれ故に我々は解析とクロスチェックに非常に励まねばならない。」

英文記事:http://press.web.cern.ch/press/PressReleases/Releases2012/PR17.12E.html 日本語訳: http://atlas.kek.jp/sub/CERN-LHC/PR17.12_J.pdf


2012年7 月2 日
Fermilabプレスリリースより
テバトロン実験、ヒッグス粒子の最終的な結果を発表

 欧州でLHC からの最新のヒッグス探索結果が発表される直前の7 月2 日、CDF とDZero の両国際共同実験グループは、10 年間にわた るテバトロン加速器の実験で生成・収集されたデータを解析した結果、 ヒッグス粒子の強い兆候を発見したとする最新の研究結果を発表した。 2001 年3 月以降、テバトロンの生成した衝突反応は500 兆回。これら の解析結果は、ヒッグス粒子の存在を宣言するほど精度の高いものでは ないが、発見にかなり近づいたということはできる。

 CDF 実験の共同スポークスパーソンであるロブ・ ローザー氏(米フェ ルミ国立加速器研究所:Fermilab)は「我々のデータはヒッグス粒子 の存在を強く示唆するものだが、発見を確立するためには、LHC の結 果を待つ必要がある」と述べた。もう一人の共同スポークスパーソン、 グレゴリオ・ベルナルディ氏(エコールポリテクニク高エネルギー核物 理学研究室)は「LHC で観察することが困難なヒッグスのボトムクォー クペアの崩壊モードで、強い兆候を発見しました。我々は非常に興奮し ています」と語った。

 今回の研究結果によれば、ヒッグス粒子は、それが存在する場合、 115 ~ 135GeV の質量を持つとしている。

英文記事:http://www.fnal.gov/pub/presspass/press_releases/2012/Higgs-Tevatron-20120702.html


トピックス
佐賀で「ヒッグス粒子!? 発見特別講演会」

 7 月16 日、佐賀県武雄市の武 雄市文化会館で「ヒッグス粒子!? 発見特別講演会」※が開催された。 講演会では九州大学の川越清以 氏による「ヒッグス粒子探索の 現在〜 LHC の結果を受けて~」、 KEK の大森恒彦氏による「ILC がひらく世界~ 宇宙をつかまえる~」 と題する2つの講演が行われ、一般の方225 名が集まった。

 川越氏はLHC でヒッグスらしき粒子が発見された事を受け、その データを詳しく説明。講演の最後では、ヒッグスが発見の発見は重要だ が、それは素粒子物理学の完成を意味するものではなく、新しい発見と 驚きが期待出来る「素粒子物理学の革命の始まり」であると強調した。 大森氏は物理の研究を行う手段としての加速器を解説し、LHC の次の 加速器として注目されるILC とそこで期待される「素粒子物理学の革 命」について述べ、またILC を中心として国際科学都市が出来る事へ の期待を語った。

 講演後のアンケートでは、「『物理はごく単純な法則で未来を予言する』 という言葉が印象に残りました」、「とても楽しかったです。現在、学生 ですが、いつかは先生方の世界にとびこんでみたいと思いました」など の感想があった。

※主催:佐賀県、九州大学・佐賀大学ILC 推進会議


トピックス
ILC 夏の合宿、佐賀で開催

 7 月13 日~ 17 日、佐 賀県武雄市の武雄セン チュリーホテルで「加速 器・物理合同 ILC 夏の合 宿2012」が開催された。 関係大学およびKEK の サポートのもと、日本の ILC 加速器と物理研究者グループが主催し、今年で第三回目。 ILC に 興味のある若手研究者・大学院生を中心とし、全国各地の11 の大学・ 研究機関から67 名(うち大学院生36 名)が集まった。

 合宿では、加速器と測定器の概要についての技術的な基礎講義が実施 された。CERN のLHC がヒッグスらしき粒子を発見したとの発表を 受け、LHC からの物理実験の結果と ILC との関係、ILC の早期実現 に向けた加速器開発の現状に焦点をあてる講義も行われた。最終日には、 13 名の学生が自分が取り組んでいる研究を発表した。

 

「山崎氏(神戸大)のヒッグスらしき粒子の発見報告やILC 加速器の 進捗状況とヒートアップを重ね、夕食後の補講まで満員御礼のなか行わ れるほど熱い合宿でした」と、合宿の世話人代表をつとめた、佐賀大学 の杉山晃氏は合宿を振り返った。

 最終日には、希望者を対象に、ILC の国内候補地のひとつである背 振地区にある天山発電所と観音の滝のサイトツアーが実施された。



お知らせ
KEK 一般公開

日時:2012 年9 月2 日(日)9:00 ~ 16:30

リニアコライダー関係では、先端加速器試験施設(ATF)、超伝導RF 試験設備(STF)の施設公開、また研究本館ではパネル展示を行います。 ATF、STF、研究本館の展示を全て見学された方には、素敵な企画を準備し ておりますので、どうぞお楽しみに。
当日はつくばエクスプレス「つくば駅」A1 出口付近より無料送迎バス運行 いたします。 < お問合せ > KEK 広報室 http://openhouse.kek.jp/
TEL:029-879-6047 / FAX:029-879-6049 / E-mail:proffice@kek.jp



先端加速器科学技術推進シンポジウム2012in 九州

主催: 先端基礎科学次世代加速器研究会/先端加速器科学技術推進協議会
後援(予定):福岡県、佐賀県、KEK

 日時:2012 年10 月27 日(土)13:30 ~ 17:00(予定)
 場所:アクロス福岡(福岡市中央区天神一丁目1 番1 号)
    http://www.acros.or.jp/access/
    地下鉄天神駅から徒歩3 分、西鉄福岡(天神)駅から徒歩10 分
 参加費:無料 / 定員:200 人
 ※事前の参加申込みが必要です。定員になり次第締切ります。
 交流会:17:30 ~ 19:00(予定) <有料> ※事前申込みが必要です。

 ≪講師・内容(予定)≫
 ・「 イントロダクション:加速器について[仮]」
  九州大学理学研究院 教授  川越 清以 
 ・「Large Hadron Collider(LHC)によるヒッグス粒子探索[仮]」
  CERN 所長  Rolf-Dieter Heuer < 逐次通訳付>
  ・「国際リニアコライダー計画(ILC)実現に向けて[仮]」
  KEK 機構長  鈴木 厚人 
 ・みんなの不思議をカイケツ! Q & A

< お問合せ> 先端基礎科学次世代加速器研究会事務局
(福岡県商工部新産業・技術振興課ILC 班内)
TEL:092-643-3449 / E-mail:shinsan@pref.fukuoka.lg.jp

※参加申込みは9 月頃から開始予定です。


加速器図鑑
クライオモジュール

KEK のSTF のクライオモジュール。
この黄色い真空断熱容器の中に超伝導線形加速器の心臓部 が収まる。

 クライオモジュールは超伝導加速器のために作られた造語である。ク ライオ(cryo-)とは「低温」「冷凍」などを意味する接頭辞。モジュー ルは構成要素の意味。ILC では高性能の超伝導線形加速器により高エ ネルギーの衝突実験を可能にするが、クライオモジュールはその線形加 速器を構成する最小単位である。ただし最小といっても長さ約 12 m、 太さ約 1 m という大きさである。 ILC では電子の線形加速器(長さ 約 11 km)と陽電子*1 の線形加速器(長さ約11km)が対向する形で 設置されるが、各々の線形加速器はおよそ 800 台のクライオモジュー ルで構成される。

 ところで、なぜ低温か。それは超伝導を達成するためには極低温が 必要だからである。超伝導とは極低温で金属の電気抵抗がゼロになる 現象である。最近ヒッグスボゾンとみられる粒子を発見して話題沸騰 の LHC 加速器はこの超伝導を磁石に使って高性能を実現したもの*2。 ILC では電子や陽電子を電波によって加速する" 加速管" と呼ばれる部 分を超伝導にして高性能化を図っている。この加速管は摂氏マイナス 271 度(絶対温度2 度)という極低温の液体ヘリウムに浸される事によ り冷却される。この液体ヘリウム保持の為にジャケットと呼ばれる液体 ヘリウム容器が超伝導加速管のすぐ外側を覆う。そのジャケットをさら に真空容器に納め断熱する。この容器を真空断熱容器と呼ぶ。そして、 この全体をクライオモジュールと呼んでいる。この長さが12m になる のは、その中に長さ約1.2m の超伝導加速管を9 本*3 一直線にして並 べるからである。

 写真の黄色いものがクライオモジュール、正確にはクライオモジュー ルの一番外側にある真空断熱容器である。真空断熱容器とは耳慣れない 言葉だと思うが、実は皆さんが一家に1 台は持っている魔法瓶(保温 ポット)も真空断熱容器である。魔法瓶は、冷たいお茶を冷たく、熱々 のコーヒーを長い時間熱々のままに保つことができる。魔法瓶は内層と 外層の二重構造をしており、その内層と外層との間には空間が設けられ ていて、この空間を真空にすることで、熱を伝わりにくくしている。家 庭用の魔法瓶は、中に入れた飲み物を保温するために使われるが、クラ イオモジュールの真空容器は最先端の技術を駆使した超伝導加速器の心 臓部、つまり加速部、を極低温に保つために使われる。ILC はハイテ クの塊だが、ひとつひとつを細かく見ると、実は意外に身近かな技術が 使われている箇所もあるのだ。

* 1: 陽電子は電子の反粒子でプラスの電気を帯びている。ILC では電子の線 形加速器と陽電子の線形加速器が対向する形で設置される。そして電子 のビームと陽電子のビームがその中央で衝突する。
* 2: ILC 通信 60 号(2011 年9 月1 日発行)加速器図鑑 参照。
* 3: これは標準構成のモジュールの場合である。8 つの超伝導加速空洞と1 つの超伝導収束磁石が並んでいるモジュールもある。


編集部より

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